「彼」が消えてしまってから2年。唐突に「彼」は還ってきた。 ヴィア・ドロローサ 戻ってきた「彼」は、「ルーク」と名乗った。ナタリアは2人の「ルーク」を知っている。幼少時代を共に過し、誓いを交わした「ルーク」。少年時代を共に過し、その成長を見守ってきた「ルーク」。ナタリアにとって、「ルーク」は常に2つの別個のものだった。その2つは混ざり合う事無く、まぶしい、凝固した存在だった。 その2つはどちらもナタリアを置き去りにし、そうして2年後に突然、癒着して混ざり合い、ひとつの「ルーク」に成って戻ってきたのだ。帰ってきた「彼」が一体どちらなのか、ナタリアには良く分からない。 記憶をその思い出と別つものは何も無く、仮令それがどちらであっても、それが理解されるのは、常に後に成ってからの事だった。誰かの記憶と記憶が癒着しひとつに成ってしまうなんて、恐ろしいことだと、ナタリアは思う。 それは、自分の知らない記憶。知らないにおい。知らない感触。知らない音。自分の知らない狂気その全てを内包、或いは共有するという事だ。 ナタリアは、それが恐ろしい。知らない筈の記憶。持ち得ない筈の思い出。共有されない2つの流れ。そういうものを、あっさりと内包し微笑む「ルーク」という人間を、ナタリアは改めて眺める。「彼」は一体どちらなのか。 以前、一度だけ聞いてみた事があった。 貴方は私の知っている「ルーク」なのですか? 「彼」は少し笑って、何も答えては呉れなかった。 ナタリアも、本当は答えなど少しも欲しくは無かったので、それで良かった。ただ、聞いてみたかっただけだったし、知らない「ルーク」なら、知りたくなどなかった。 2人分の足の下で、病んだ葉が折り重なって小さく鳴った。2年前、並んで歩いた時に意識しなくても自然と合った目線は、今では見上げなくては上手く合わなく成っている。表面上は上手に気付かないふりをしているだけで、ナタリアも「彼」も、何かが決定的に変わってしまった事を知っていた。何処かから虫の声が聴こえる。ナタリアは、この音を知っている。かつて、自らを「アッシュ」と名乗った幼馴染と共有した音だ。2人だけの記憶。「ルーク」には持ち得ない。 「この音、覚えていらして?」 「ああ、昔、良く落ち葉まみれに成って遊んだっけ」 懐かしそうに目を細める「彼」の手に指を絡める。握り返して呉れる温度は馴染みの無いもので、もしかしたら忘れているだけで、本当は知っているものなのかもしれないと、未だ残酷に、何かに期待をしてしまう。 「ねぇ、ルーク、」 他の誰でもない「貴方」が大切だと、その一言が言えないのは多分、未来に期待しているからだ。 「今日は、本当に良い天気ですわね」 裸の木の枝の隙間から、記憶の中の景色と良く似た雲が流れていく。空を見上げて、ナタリアはそっと、失ったものたちに微笑んだ。 06,04,03 ED後捏造。 帰って来たのがどちらであってもナタリアは辛いだろうなぁ。 |